広島経済大学岡本ゼミが2007年から行っている沖縄戦跡徒歩巡礼「オキナワを歩く」に、写真家 田中正文が同行し撮影した慰霊・戦跡・証言者など、沖縄戦に関係する記録写真。

戦跡巡礼

識名(しきな)壕(第62師団ナゲーラ分院壕跡)

日本軍は、ナゲーラ壕に収容しきれなくなった傷病兵を、稲福マサさん(手前)ら梯梧(でいご)学徒隊員と共にこの住民壕に移動し、ナゲーラの分院としました

識名(しきな)壕識名(しきな)壕

ナゲーラ壕

「生き地獄」といわれた壕を慌しく出入りする日本兵と、のちに火炎放射器を携え残存兵掃討に侵入してきた米兵の姿が、今、訪れた学生たちのシルエットと重なります。

ナゲーラ壕ナゲーラ壕

沖縄本島南部

日本軍と住民が本島南部の泥道を敗走した頃、沖縄は梅雨の季節でした。そのときかれらを濡らした雨が、いまわれわれの身体を横殴りに打っています。当時は、ここへ弾雨が加わっていました。


沖縄本島南部沖縄本島南部   沖縄本島南部沖縄本島南部

摩文仁(まぶに)

多くの戦死者と自決者の骨を洗った摩文仁の海岸です。摩文仁の丘からゆっくりと、全員で降りていきました。石灰岩から染み出る真水を求めてここを降りた将兵と住民の多くが、鉄の雨にうたれ、人生の最期を迎えました。



摩文仁(まぶに)摩文仁(まぶに)