広島経済大学岡本ゼミが2007年から行っている沖縄戦跡徒歩巡礼「オキナワを歩く」に、写真家 田中正文が同行し撮影した慰霊・戦跡・証言者など、沖縄戦に関係する記録写真。

元梯梧学徒隊員 沖縄戦を語る(稲福マサ氏、吉川初枝氏)

梯梧(でいご)学徒隊

昭和高等女学校の4年生で編成され、第62師団野戦病院に動員、ナゲーラ壕(南風原町)と識名分室壕(那覇市)の病院壕に配置された。犠牲者数9名。

元梯梧学徒隊員、稲福マサ氏元梯梧学徒隊員、吉川初枝氏

[識名壕(第62師団ナゲーラ分院壕跡)]
元梯梧(でいご)学徒隊員で沖縄戦の語り部を務める
稲福マサさん(左から2番目)は、大の仲良しだった学友が
目の前で斃れる地獄絵を昨日の出来事のように語ります。

[ナゲーラ壕(第62師団野戦病院壕跡)]
元梯梧(でいご)学徒隊員、吉川初枝さん(中央)の証言を、ナゲーラ壕入口前の広場で拝聴します。体験者の証言に勝る事実の伝承はなく、わたしたちは、これを未来へ正確に残さなければなりません。

【識名(しきな)壕】

識名(しきな)壕

(第62師団ナゲーラ分院壕跡) 日本軍は、ナゲーラ壕に収容しきれなくなった傷病兵を、稲福マサさん(手前)ら梯梧(でいご)学徒隊員と共にこの住民壕に移動し、ナゲーラの分院としました。

【ナゲーラ壕】

ナゲーラ壕

(第62師団野戦病院壕跡) 右後方は、吉川初枝さんを学生たちが囲む平和な今。左手前は、地獄の過去への入口です。壕の暗闇から、時折風の通り抜ける音が泣くように漏れてきます。

【梯梧(でいご)之塔】

梯梧(でいご)之塔

「梯梧(でいご)学徒隊」として動員され犠牲となった9名を含む、私立昭和高等女学校の戦没教職員、生徒あわせ62名の御霊に献花、献水したのち、黙祷と礼拝を捧げます。