広島経済大学岡本ゼミが2007年から行っている沖縄戦跡徒歩巡礼「オキナワを歩く」に、写真家 田中正文が同行し撮影した慰霊・戦跡・証言者など、沖縄戦に関係する記録写真。

元白梅学徒隊員 沖縄戦を語る (中山きく氏)

白梅(しらうめ)学徒隊

1945(昭和20)年3月6日から6月4日まで、「学徒勤労動員令」により陸軍第二十四師団第一野戦病院の従軍補助看護婦として沖縄戦に従軍した沖縄県立第二高等女学校の生徒で編成された学徒隊。46名が動員され、17名が戦死。学徒隊以外の生徒と教師を合わせ66名が戦死した。

元白梅女子学徒隊員 中山きく氏元白梅女子学徒隊員 中山きく氏

沖縄には、「戦争語り部」と呼ばれ、訪れた修学旅行生など
に沖縄戦の体験を無償で講演するお年寄りがおられます。
写真は、元白梅学徒看護隊員の中山きくさんです。
この方との出会いから、「オキナワを歩く」は始まりました。

壕を前に、中山きくさんは戦時野戦病院内という極限の
状況下で体験した凄惨極まる生死のドラマを証言します。
自身の身に死が迫り、学友の多くが斃れることになったの
は、任を解かれ南部を彷徨い始めてからのことでした。

中山きく氏

半世紀以上を経た今でも、自分たちの戦争体験を語ることができない方たちが多いといいます。中山きくさんはじめ「語り部」の方々は、忘却や逃避ではなく、使命感と覚悟をもって記憶を伝承してゆく道を選ばれたのでしょう。

白梅学徒病院壕

白梅学徒病院壕の内部に一歩入った瞬間から、辛く悲しい、おぞましい記憶と対峙しなければならないはずです。しかし、学生たちを壕内へ導く中山きくさんの表情に、花を探して野辺を散歩する童女のような優しさを感じます。

【白梅之塔】

白梅之塔

沖縄県立第二高等女学校から八重瀬岳の陸軍第24師団第1野戦病院に配属された「白梅学徒隊」以下、同校教職員、生徒、同窓生あわせ149名を祀る慰霊塔を清掃、献水ののち黙祷します。